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話し合う

6月 22nd, 2010

三人集まればなんとかなる。

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『大鏡』師輔の夢

4月 13th, 2010

本格的に授業がスタートしだした。
出だしの一本目は『大鏡』師輔の夢。
師輔が若い頃、内裏の大きな柱を抱く夢をみるが小賢しい女房が「股が引き裂かれそうでいたかったんじゃね」というトンチンカンな夢合わせで、夢違いしてしまうというもの。
当時の人たちの「夢」に対する見方が現れていて面白い。

難易度的には全然難しくなく、かえって平易だと思ったが生徒たちは手こずっている様子。
敬語のせいであろう。
大宅世継の語りは師輔に対して常に敬意をはらっている。
そこに敬語が頻発する。
敬意の方向がつかめればなんてことないんだが、慣れるまでがきつい。

この段は師輔しか出てこないから楽なんだけどな。
生徒には登場人物がたくさん出てきているみたいだ。

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古文の基礎力を上げるために必要なこと

3月 4th, 2010

古文の学習
何かを読解しようとするならば、書かれてあることを読み取らなければ始まらない。あまりにも当たり前すぎて書くのも恥ずかしい。
書いてあることを読み取るためには、言葉の意味がわからないといけないし、言葉と言葉のつながりで生成される文脈を理解しなければならない。
その文と文をつなぎあわせてひとまとまりの文章として書かれてある出来事を把握するのだ。
で、高校生に古典を教えていて痛感することは、文法や単語というツールをもたずに素手で立ち向かってなんとかなると思っているバカがたくさんいるということだ。
また、ツールを持たないではどうにもならないだろうと思いながらも、どうにかしようと行動する“胆力”がない。

中途半端な学習者の失敗

  • ニュアンスで理解しようとする。
  • < 語感の鋭い子はある程度いい線までいく。しかし一握りだ。全ての生徒ができる芸当ではない。単語一つ一つをきちんと押さえながら逐語訳に近い形で理解しようとするのが正しい。馴れてくると英語と一緒で、いちいち頭の中で訳を組み立てなくてもよくなる。そこに行き着くまでの辛抱なのだ。

  • いきなり『大鏡』や『枕草子』や『源氏物語』を読もうとする。
    どれも敬語が多用され、人間関係が複雑に絡み合う。問題文として切り取られた箇所を読んでいると、最初人物関係がつかめなくて苦労する。難しさの一番は主語が省略されるということだろう。えらい人は恐れ多くて名前を記述できなかったのかもしれない。主語は省略されているんだけど、敬語の使われ方によって主語を特定できる。これが難しい。清少納言が敬語を使ったらだいたい中宮定子か藤原伊周なんだよ、っていう古文常識が頭に入っているとおおよそ検討はつくんだろうけど、普通はわからない。要は、慣れの問題である。
    で、慣れるためにはいきなり上級編をやっても駄目。『古今著聞集』や『十訓抄』『宇治拾遺物語』などの初級説話からはいっていって、だんだんレベルアップしていくのがよろしい。

初歩は徹底したドリル&反復
英語でも同じように、必死で単語を覚えたり、文法事項を整理したりする必要がある。それは一度やれば完成ではなくて、繰り返し繰り返しやる必要がある。それは古文や漢文が私たちの日常語ではなく、外国語に近いものだからだ。勉強して修得する必要があるのだ。
方法は、ひたすら書いて覚える。理屈ではない。覚える。近道はない。書いて覚える。

  • 用言の活用を書きまくる。
  • 助動詞の活用を書きまくる。
  • 助動詞の意味と接続を書きまくる。
  • 敬語の一覧表を書き写す。
  • 重要単語を書きまくる。(特に単語力はとても大事)

こんなことを2ヶ月間我慢してやる。すると相当な地力がつく。これで予備知識のない古文でも驚くほど意味が取れるようになっているはずである。
読解とはこの次の作業だ。

  • この文脈で登場人物Aが涙をながした理由は何か。
  • この場面で登場人物Bがこのような歌を詠んだのは何故か。
  • この境遇で登場人物Cが出家したのは何故か。

これが読解である。
読めている前提で出題してくる。ならばこっちも読んで理解しておかなければならない。

結論
読解に行く前にドリル学習で強固な土台にしておく必要があるというのは、いまさらいうまでもない。

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